2.一週間の我慢

 水道水から塩素をとりのぞくためには、どうすればよいのでしょうか?
一番簡単な方法は、待つことです。水槽に水をため、丸一日も放置しておけば、水中にとけこんでいた塩素は、勝手に空気中にでていってしまいます。
 ということは、水槽を買ってから、次に魚を買ってくるまでの時間差は、一日あればよいのでしょうか?
『一日目に、まず水槽を買ってきて水をためておき、次の日、魚を買ってきてそこに放す』
 残念ながら、その考えは間違っています。
水槽に、丸一日、水をためておいても、それでは塩素が抜けるだけでしかありません。
 水道水と、自然の水の一番の違いは細菌の存在です。塩素が抜けても、そこに細菌がいなくては意味がないのです。まだ細菌が住める水になったという、そこまでの状態です。
さて、先ほど、細菌には良い菌と悪い菌が存在するのだという話を少ししました。
 その中でも良い菌の代表格とも言うべき存在が、各種の濾過バクテリアです。
 簡単に言うと、濾過バクテリアは、水中にとけこんだ魚の老廃物などの悪い成分を栄養にして繁殖し、その結果として、良い水が悪い水へと変化するのを遅らせてくれます。
 魚にとって、水は空気と同じです。人間が、汚れた空気の中では生活できないのと同じで、魚も汚れた水の中では生きていけません。濾過バクテリアを水槽に導入することにより、少しでも水質の悪化が防げるのであれば、それに越したことはありません。
 それでは、濾過バクテリアを水槽の水に入れるにはどうしたらよいのでしょう?
単純ですが、この場合も一番簡単な方法は、やはり待つことです。
 濾過の仕組みや方法、そのために必要な器材などについては、後ろの章に説明を譲りますが、仮に濾過装置のついた水槽設備一式のセットがすんだものと仮定しましょう。
 水槽の中には魚はおらず、ただ水だけが、濾過装置により循環を続けている状況です。
 水をためてから丸一日以上が経過しており、魚にとっても細菌にとっても、致死量となるほどの塩素は、すでに水中にありません。空気中へ抜けさりました。
 通常であれば、濾過バクテリアは、自然の水の中に存在しています。けれども、そこだけが彼らの主な生息場所ではなく、土中や空気中にも含まれているのです。
 ですから、水槽内で水の循環を続けていくうちに、空気と水の接触面から、自分たちの生活圏を拡大するべく、自然と濾過バクテリアは侵入してきます。
 あとは彼らが、十分にその能力を発揮できるよう、まとまった数となるまで、ある程度の期間、繁殖して増えるのを待たなければなりません。それには、おおむね一週間を目安とするとよいでしょう。理想的には、それ以上の期間をおく方がなおよいのかもしれませんが、水だけしか入っていない水槽をいつまでも眺めていても、あまり楽しくありません。
 水槽を買ってから、次に魚を買うまでの時間差という表現に言い方を変えると、『最低一週間』というのが、その答えです。



水だけしか入っていない水槽で、最低一週間の我慢です。

 しかしながら、期間短縮のための手だてが、まったくないわけではありません。
 上記の方法では、自然の水や、土中に住んでいる濾過バクテリアが、一度空気中にでて、それから水槽内に入ってくるという経路をとるため、時間が多くかかるのです。最初から、一定量の濾過バクテリアが含まれている水を、直接、水槽の水の中に混ぜてしまえば、話は簡単です。
 たとえば、川の水を空のペットボトルにでも汲んできましょう。近所の川が、悪臭を放つどぶ川だというのでは論外ですが、普通の川であれば、まず問題はありません。濾過バクテリアは生息しています。
 また、たとえば、付近の土を塩素を抜いた水にとかして、しばらく放置したあとにできる上澄み部分の透明な水を水槽に入れましょう。やはり、濾過バクテリアがいるはずです。
ただ、残念ながら、川の水や土の上澄み液を利用するのは、諸刃の剣です。
 それらの中には、濾過バクテリアばかりではなく、他の種々の細菌類も含まれているため、悪い菌まで水槽内に呼び込むという結果につながります。
その他にも、水の透明度の問題があります。土の上澄み液については言うまでもありませんが、どんなにきれいな川の水でも、多かれ少なかれ、やはり泥水です。透明度の点においては、結局、水道水にはかないません。それらの水を水槽内に入れることにより、水が汚れ、せっかくの観賞魚が見えにくくなってしまうという欠点があります。
 鉄則に従い、素直に一週間ほど、水を循環させたままにしておくのが、やはり無難です。
 とはいっても、空気中から水槽内へ侵入してくるのは濾過バクテリアだけなのかというと、そんなことはありません。それ以外の雑多な細菌(もちろん、悪い菌も含まれます)も入ってきますので、あまり神経質になりすぎる必要はないでしょう。
 それに水槽の水は、いつかは汚れるものなのです。
 自然界ではなく、水槽のような人工的な空間においては、水の汚れを完全に濾過して、良好な状態のままであり続けるようにするというのは、よほど条件が整った水族館であっても困難な挑戦です。ご家庭での飼育では、ほとんど不可能といってもいいでしょう。自然界ですら、どぶ川のように、汚れが濾過バクテリアの処理能力を超えてしまっている事例もあります。
 水槽内における濾過バクテリアは、あくまで、水質の悪化を遅らせるための存在です。良い菌も悪い菌も含めて、すべての細菌には、もともとバランスを保とうという本能があります。どちらか一方、あるいは一種の細菌だけで空間を占領しようというのではなく、基本的には、良い水の状態であり続けるような数の比率となるように、みずから繁殖を調整しているのです。いわゆる、自然の自浄作用です。
 しかしながら、水槽という限られた空間には限界があります。
 濾過バクテリアは、主として魚の老廃物を栄養源として、より害のない物質へとそれを変える働きをしているのですが、一個体が処理できる老廃物の量は限られています。
 水槽や濾過設備の大きさ、飼っている魚の量などで条件は変わりますが、仮に水槽内の細菌が濾過バクテリアのみで飽和した状態であったとしても、一日に魚がだす排泄物の量は、同じ一日で濾過バクテリアが処理できる量の限界を超えているため、それを可能な状態にするには、水槽自体よりも、何倍も大きな濾過装置が必要となってしまうのです。



各種の濾過装置については、別の章で説明いたします。

 したがって、処理しきれずに残った老廃物は、水槽内に次第に蓄積されていきます。
極論ですが、魚は、水ではなく自分の尿の中に住めるでしょうか?
答えは、住めません。濾過バクテリアは、水質の悪化を遅らせることまではできますが、完全にそれを止めることまではできないのです。いつかは、水は汚れます。
言い換えれば、水槽の水は、水をためたそのときから汚れはじめ、いつの日か、すべてが老廃物となってしまう方向に、悪化が進んでいくということなのです。
 もちろん、そうなるよりもはるか以前に、住んでいる魚は死んでしまうことでしょう。
 それだけではなく、水質の悪化は、細菌のバランスにも影響を与えます。
本来であれば、良い菌も悪い菌も、自分の生息している水が良好な状態であり続けるよう、それぞれの分を守って繁殖をしています。ある程度の量の老廃物であれば、濾過バクテリアが処理し尽くしてしまうために、それ以上、水質が悪化することはないのです。
 けれども、その汚れが、ある程度を超えてしまった場合には、バランスが一気に崩れます。増えすぎることをおさえられていた悪い菌が、爆発的に増殖するのです。
 その結果、水質はさらに悪化をきたすという、悪循環に陥ります。
そうならないように事態を打開する方法は一つしかありません。
 水槽内に蓄積した汚れが、魚にとって致命的なものとなる前に、定期的に水を入れ換えるのです。要するに、水の汚れの影響がない程度まで薄めてしまおうということです。
 水換えのやり方や注意点などについての説明は、やはり、後ろの章に譲ります。
 今ここでは、魚を買ってくるよりも前に、まずは水だけを入れた水槽をセットして、最低一週間は、我慢をしておく必要があるということだけを覚えておいてください。


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