第一章 水槽よりも魚が先に家にきた場合の対処法

1.自然の水と人工の水

 いきなりですが、脱線です。錦鯉に限らず、金魚でも、熱帯魚でも、海水魚を飼育する場合でもそうなのですが、魚を飼い始める時には、基本の約束事としていくつかおさえておかなければならないことがらが存在します。
 その中の一つが、『水槽と魚を同時に買ってきてはいけない』という鉄則です。
 要するには、魚を買うより先に、受け入れるご家庭の側に、水を張った水槽設備の準備をしておく必要があるということです。
 当たり前のことですが、魚は、水の中に住んでいます。
 蛇口からでる人工の水ではなくて、自然の水です。



蛇口から出るのは、人工の水です。

 水道水には、塩素という殺菌成分が含まれています。細菌類の繁殖により、飲んだ人が体調をこわすことのないよう、人間には害がない程度に消毒がほどこされているのです。
 それに対して、自然の水は細菌の宝庫です。
『汚い』と言っているわけではありませんよ。
 細菌の中には、良い菌、悪い菌、色々います。数が少なければ良いことをする菌だけれど、増えすぎると、度がすぎて悪い結果を導いてしまうような菌もいます。
菌としては、ただ自分たちの生活をおこなっているだけなのに、人間の目から見ると、それが良いことだったり、悪いことだったり、どちらともつかないことだったりしているわけで、それらの各種の菌の行動が、全体としてはほどよく調和されて、おおむね良好な状態にあるというのが、自然の水です。べつに汚くはありません。
 では、なぜ水道水には、殺菌処理が必要なのでしょうか?
 さきほど、自然の水はおおむね良好な状態にあると言いました。
 おおむねです。残念ながら、自然の水には良好でない状態のものもあるのです。
 良い菌と悪い菌のバランス、簡単に言うと、水の中にそれぞれの菌が含まれている数の比率により、悪い菌の方が力の強い状況の場合です。そういう水を飲んだとき、人間は腹をこわします。もっとひどい場合には、病気になってしまいます。
 水の中に悪い菌さえ含まれていなければ、その心配は必要ありません。
 そのために、水道水には塩素が含まれていて、良い菌であろうと悪い菌であろうと、どちらの細菌も住めないようになっているのです。
 良い菌は残して、悪い菌だけ殺してしまえばいいではないかという意見があるかもしれません。けれども、そんなに簡単にはいかないのです。
 理由の一つは、悪い菌だけ個別に特定して消毒するのは不可能であるということです。
 細菌は、肉眼では見えません。姿を見るには、優れた顕微鏡が必要です。
 もし顕微鏡で水の内部を拡大して見たならば、そこにはものすごい数の細菌が住んでいるのがわかることでしょう。種類も一種類ではありません。良い菌にも、悪い菌にも、そのどちらとも判断がつかないような菌にも、それぞれ多くの種類が存在しています。
 そのような中で、ある特定の悪い菌のみ殺せる薬品などというのはありえないのです。
また、もし、仮にそのようなことができたとしても、理由の二つ目が存在します。
悪い菌のみ殺されていなくなった時、残された良い菌は、今まで悪い菌が占めていた場所へと繁殖範囲を拡大して増えていきます。
 度を超えて増えすぎると、良い菌でも悪い結果をもたらすようになってしまう場合があることについては、さきほど言いました。良い菌のつもりで残しておいた細菌が、繁殖により勢力を拡大した結果、いつのまにか悪い菌へと変わってしまうことがあるのです。
 これでは、うっかり残しておけません。
 いっそのこと、すべての細菌を住めなくしてしまう方が、処理は簡単です。
 でも、本当のことを言いますと、悪い菌がほんの少しでも存在していては絶対にいけないというものではないのです。良い菌ばかりではいけません。すべてはバランスのうえに成り立っています。人間にとっては、悪い結果をもたらす悪い菌の役割が、良い菌にとっては、良い結果をもたらしている場合だって存在します。
 人工の水も、自然の水も、どちらも見た目は同じです。無色透明の液体にすぎません。
 もちろん厳密に言えば、自然の水には、たとえば土など何らかの着色成分が含まれているためそっくり同じというわけにはいきませんが、基本的にはどちらも見た目は同じです。
 違っているのは、その中に細菌がいるかいないか。
 自然の水は、基本的には良好な水なのですが、何かの拍子で住んでいる細菌たちの調和が崩れると、悪い水になってしまう場合があるのです。何かの拍子とは、水温であったり、天候であったり、水分中にある各種の菌類が必要とする栄養分の量の変化だったりします。
 もちろん、それらの要素は、常に変動し続けているものですから、水の中の細菌の種類や数も、やはり変動をし続けています。良好な状態のまま、常に蛇口から、自然の水がでてきてくれるのであれば問題はありませんが、その保証は誰にもできません。
 ですから、水道水には、消毒がほどこされているのです。そうすることで、細菌が住めないようにして、水質の変化が起こらないようにしています。



自然の水には、多くの細菌が含まれています。

 もし、水に、人間の健康にとっての良否を基準として順位をつければ、一番が自然の良好な状態の水、二番目が水道水、最後が自然の悪化した状態の水ということになります。
 理想を言えば、蛇口からでる水は、常に一番の状態であるべきなのですが、一番と三番には、残念ながら逆転の可能性が秘められています。
 その危険を回避するために、水道水は、あえて塩素消毒という人工的な処理を施して、二番目の状態であり続けるようになっているのです。
 けれども、実は、その水は、人間には効果がない程度まで薄められた毒なのです。
 消毒をした水の状態が、毒であるというのはおかしな気がしますが、たとえば、プールに入ったとき肌にぴりぴりとした痛みを感じるという体質の人がいます。川や海では大丈夫なのに、プールでは、痛くて、水中で目をあけられないという人もいます。
 痛みはべつに感じることはないけれども、水道の水を生のまま飲むと気持ちが悪くなるから、一度沸かしてからでなければ口にしないという人もいます。
 どの症状も、その人の命に、別状はありません。
 けれども、そのような影響をおよぼす程度には毒性があるのです。
そうして、その毒は、魚にとっては致命的です。
水道水のように、塩素が含まれた水に魚を入れると、彼らは、呼吸に支障をきたします。
 ご承知のように、魚は、えらで呼吸をしています。
 水中に溶け込んでいる酸素を、えらで呼吸して、体内に取り込んでいるのです。
 もし、その水に塩素が含まれていた場合には、どうなるでしょうか?
残念ながら、魚は、酸素より先に塩素を呼吸してしまいます。
 その結果、彼らは呼吸困難におちいり、最悪の場合は、死に至るのです。
 もちろん、塩素が溶け込んでいるからといって、水中に酸素が溶け込んでいないというわけではありません。ただ、えらが、魚自身の意識とは関係なく、酸素よりも、塩素と結びつきやすいというだけのことです。
 ですから、蛇口からでてきた水を水槽にためても、すぐその中に魚を入れてしまってはいけません。それでは、魚を殺してしまいます。
魚を入れるよりも先に、魚が住める水を用意しなければならないのです。
 水道水から、塩素をとりのぞく必要があります。
ようやく、冒頭の鉄則に話がつながりました。
『水槽と魚を同時に買ってきてはいけない』
 魚を買ってくるより先に、ご家庭に、魚が住める状態の水を張った、水槽設備の準備をしなければなりません。


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